Napoli Pompei旅の絵をもとに随想しています。 本日はナポリ(Napoli)から30km ヴェスヴィオ火山の南、ポンペイ遺跡(Pmpei)です。 絵は・ポンペイの遺跡 中央南 大劇場(Teatro Grande)で、アッポンダンツァ通り(Via dell' Abbondanza)中央、スタビアーネ浴場(Terme Stabiane)の南側です。 紀元76年に時計が止まってしまった町です。 ポンペイ(Pompei)(当時16000人~25000人の商業都市)とエルコラーノ(Ercolano)(当時5000人の港町、貴族の保養地)の二つの町が、ナポリの東に聳えるそびえる火山ヴェスヴィオ山の大噴火で発生した火山灰で一瞬にして街が覆いつくされてしまいました。 町角のバー、共同浴場、商店、邸宅、劇場、レストラン、パン屋、穀物店の跡、テーブル、ベッドの木材が炭化して現在に残っています。 ポンペイの歴史・・ 前6世紀には、すでにギリシャの影響を多分に受けた都市。 前80年に古代ローマ人に征服されました。 それ以来ローマ人貴族の別荘地となり、皇帝もしばしば訪れました。 63年、大地震があってかなりの被害を受けました。 紀元79年にヴェスヴィオ山が大噴火により火山灰の下に埋もれました。 当日のありさまは、リットン・バルワーの小説「ポンペイの最後の日」の語られています。 当時の人口は約2万5千人と推定されています。 遺跡の発掘は1748年から始められて現在に至り、ほぼ3/5が発掘され、なお継続中です。 主なもの ・ポルタ・マリーナ(Porta Marina) ポンペイ港へ降りていく城門。 ・博物館(Antiquarium)出土品を展示。 ・ヴィーナスの神殿(Tempio di venas) ・バシリカ(Vasilica)法廷の役割。 ・アポロ神殿(Tempio di Apollo)・ジュピター神殿(Tempio di Giove) ・悲劇詩人の家(Casa di Paqui Proculo) ・牧神の家(Casa del Fauno)公共広場(Foro) 矩形の大きい古代の町の中心広場。 ・アッポンダンツァ通り(Via dell' Abbondanza)公共広場から東に向かう道。車道と歩道とが区別され、商店が戸口を開いている。 ・大劇場と小劇場(Teatro Granda/Teatoro Piccolo) ・スタビアーネ浴場(Terme Stabiane)公共浴場(男女別々)男(水浴場、微温湯場、温浴場)女(微温湯場、温浴場) ・ヴェッティの家(Caa dei Vetti)ポンペイの裕福な商人 壁画が残っている。魔よけのお守り(絵) ・ファウノの家(Casa del Fauno)豪壮な邸宅 ・野外劇場(Anfiteatro)アッポンダンツァ通り(Via dell' Abbondanza)の東の突き当たりサルノ門(Porta di Sarno)の南にあります。 ・体操場(Palestra) ・秘儀荘(Villa dei Misteri)古代壁画の最大傑作(ポンペイ遺跡の外側、Porta Ercolano門を出る。私鉄ヴィラ・ディ・ミステリ駅近く。 などです。落書きを研究している学者もいます。 ジャンル別一覧
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